我慢は、後から辛抱に変わることがある。

我慢は時間の無駄だと言いますし、僕も大方はその意見に同意です。ただ、必ずしも我慢が悪とは限りません。

似たような言葉に「辛抱」ってありますよね。

我慢は「我慢しなくてもいいのに」とちょっと悪いニュアンスで使われがちですが、辛抱は「よう辛抱したなあ」と良いニュアンスで使われます。

我慢を続けてれば、その先に未来が開けて、結果「辛抱した」という良い結果に終わることもあるんです。

「1年間ずっと球拾いだった野球部員が、2年目になってやっとグラウンドに立たせてもらえるようになった。その結果選手として試合に出ることができて…」というようなサクセスストーリーを、漫画とかで見ますよね。

そんな感じで、嫌でも「こんなことがしたいわけでない」と思っていても「辞めたい」と願っていても、我慢し続けて成功した人を僕はひとりだけ知っています。

急がば回れ、なのか?

僕が知っている「辞めたい気持ちを我慢して勝ち組になった人」を、仮に谷上さんとします。

彼は特別我慢強い性格というわけではなかったように僕は記憶しているんですが、とにかく我慢して成功したんです。

これからするのは、谷上さんから聞いた話…。

そもそも彼が仕事を辞めたいと思ったのは、待遇に不満があったからです。

仕事はとても出来る人で他人より仕事ができることや、他人より多くの仕事をこなしていることは彼も自覚していました。僕にも時々聞かせてくれたんです。

「俺はこれだけ頑張って、これだけ売り上げに貢献した。なのに何もしていない同期と同じ給料なのは納得いかない」と。

その職場に関しては、能力に見合った給料が得られないところだけが不満要素だった。

しかし、給料というのは大きな問題。だからこそ「仕事を辞めたい」と強く思うようになったんです。

そのとき、彼が自身の姉に相談をしたのだそうです。

理由から何から何まで聞いた姉は、一言だけ「急がば回れってこともあるよ」と言いました。

谷上さんは「確かに給料以外は問題ないし、続けようと思えば…」と我慢することを決意したそうです。「急がば回れ、なのか?」と疑問を持ちながらも。

谷上さんの実績を話したら、恐らく転職してすぐ給料をアップさせることは可能だったと僕は思います。ただ、結果的に、この姉の一言がきっかけでの「我慢」が良かった。

1年半後…

我慢すると決意してから1年が経って、やっぱり谷上さんは他の同僚よりも圧倒的に良い仕事をしていました。

辞めたいと思いながらも、良い仕事をし続けたんです。同僚たちのひんしゅくを買ったり、上司に嫌味を言われることも出てきましたが、それでも我慢しました。

「俺がふさわしい場所はもっと他にあるはずだ、俺を欲しているところは他にたくさんある。」

そう思いながらも、我慢した。

――そして、谷上さんに転機が訪れる。

谷上さんの会社は中小企業で、社長と会う機会が結構あるんです。フレンドリーで平和主義的な社長で、そもそも彼が入社したのは高校時代のインターンシップで社長に気に入られたのがきっかけでした。

高卒で学校のサポートを得て就職する際、インターンシップを思い出して思い切って入社したんですよ。

ただ、フレンドリーで平和主義なのは良いんですが、「同僚間で待遇の違いが出たらだめかな」とか、「彼の働きはすごいけど、いきなり待遇を変えていいものか」とか、とにかく日和見的な考えだったらしいんです。

後から社長に聞いたそうですが、「この大きな成果はたまたまなのか、それとも能力なのか」という見極めもあったそうです。

だから谷上さんの待遇はあがらなかったし、出世もしなかった。

本当なら出世してもいいくらいの能力があり、成果を出しているのにも関わらず…。

谷上さんの会社では、年に二回、給料が上がるチャンスの「査定」があります。

大きな成果を出した次の給料査定で「同期と同じだった」ことがきっかけで「辞めたい」気持ちが出てきたわけですが、その次の次の査定で「出世」の話が谷上さんに持ち上がったんです。

同僚からひんしゅくを買って上司が嫌味を言っていたのは、その気配を察してだったのかもしれないと、僕は思っています。

ただ、この時点では「話があがった」だけなんで、ご破算になる可能性もありました。

日のあたる所へ

「ご破算になる可能性があった」なんて思わせぶりな文で繋げましたが、実際はご破算になることはありませんでした。

結局、そのまま「出世の話が持ち上がった次の査定」で谷上さんは出世したんです。部下を持つ身になって、実入りも増えました。

その後、谷上さんは姉に「よく辛抱した」と言われたそうです。

「これは、辛抱だったんだ」と谷上さんは、しみじみと笑いました。

結局、社長が日和見的で決断が遅いだけだったわけですよ。

だから、我慢し続けて勝ち組になれた。野球部と似ていますよね。野球部が一年間雑用と走りこみばかりなのは、それで体力を付けさせたり、各個人を選手として使うことができるか見極めをするからでしょう。

谷上さんの給料があがらなかったのは、そして我慢した末に出世できたのは、そういう社長の「見極めに慎重になりすぎる」という性格のためだったというわけです。

我慢のしすぎは危ない!

今回は耐えることで成功を手にした話を紹介しましたが、これを真に受けて我慢しすぎるのはダメです。

「まだ我慢できる」と思ったなら、我慢してみるのも良いかもしれない。しばらく様子を見て、それから転職を考えても遅くないのかもしれない。

ただ、我慢しすぎて辞めるタイミングを失って、破滅の道を辿らないようにだけ、注意してください。